連帯保証人になるな。1 すってんてんになる。家訓にすべき。事例考察(ダイエー)

連帯保証人になるな。すってんてんになる。家訓にすべき。事例考察(ダイエー)

ダイエーの場合
1952年 ダイエー主婦の店 大阪で開店
     安売りでチエーン店展開始める。
1964年 松下幸之助氏は、安売りに反対。「30年戦争」始まる。
     安売りは商いにあらずと、ダイエーとの取引をしなかった。
1994年 全国チエーンに
     この頃がダイエーの全盛期か。
1995年 阪神大震災で多くの店が打撃を受ける。
     これを境に、坂を転げ落ちる事に。
2001年 中内氏ダイエーを去る。
2005年9月 83才で死去。

中内氏の長男 中内 潤氏が「証言その時」 で 父で創業者の中内 功氏の事を赤裸裸に語った。

その中で小生が注目したのが以下の事。

創業者故に、事業展開するするには、銀行からの融資は必須条件。
中内氏はどうしたのか?

やはり、銀行借り入れで資金手当をした。
銀行は、当然担保を要求する。
全てが、右肩上がりのときは、店舗、土地を担保で、充分足りるのだが、
銀行はさらに、社長の個人保証を求める。

中内氏の場合も、例外ではなかった様だ。
1960年代と言うから、チエーン展開始めると同時位だろう。
限度額なしの個人保証がされていた。
これは、会社の連帯保証に社長個人がなっていた。(推定だが)
会社の連帯保証に期限は無い。
社長が存命の間は逃れるすべは無い。
借金全て返せば、チャラに出来るが、それは事実上不可能。

そして、
ダイエーを去ると決めたら、銀行は連帯保証の履行を当然の様に
求めてくる。
温情はあり得ない。
全財産を差し出すしか無い。
許されたのは、マンション一室だけだ。

アメリカでは社長の連帯保証は無い。
社長在籍中に、高給を取り、辞めるときははいさようならで
それで済む。
負債は貸し手の銀行の自己責任だ。銀行は、損保でカバーする。
合理的だ。

連帯保証は貸し手からするとこんな都合の良い制度はない。
アジアで連帯保証制度があるのは日本だけ。
世界でも日本とドイツだけだと(未確認)。

小生は連帯保証制度は辞める法律を早く作ってほしいと願っている。
親の連帯保証を逃れるすべは、相続放棄しか無いからだ。
うっかり相続放棄手続きを忘れようものなら、
容赦なく身ぐるみはがされる事になる。

だから、小生は 家訓にしている。
『連帯保証人になるな』と

中内 功氏の奥様はご主人の死後、そのアパートで暮らしたとある。




色々な保証があるがここでは連帯保証について考察。

・ ・・・・・・・・・・・・・・引用・・・・・・・・・・・・・
                2012.9.3 朝日新聞 
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  by setonokaze | 2012-09-04 23:01 | 話題になる

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